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東京高等裁判所 昭和31年(ネ)1690号 判決

控訴人 有限会社米屋旅館

被控訴人 株式会社塩原観光ホテル

主文

本件控訴を棄却する。(但し原判決別紙目録に「株式会社塩原観光ホテル」とあるのを「塩原観光ホテル米屋」と訂正する)。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人の申請を却下する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、原判決別紙目録に「株式会社塩原観光ホテル」とあるのは、被控訴人の仮処分申請書等から見て、「塩原観光ホテル米屋」とすべきを誤記したものと認めて訂正し、また当審において双方代理人が次の通り陳述した外、原判決の事実摘示と同一であるからこれを引用する。

(控訴代理人の主張)

「(一)、栃木県塩谷郡塩原町には、昭和二三年五月一日に登記せられた商号塩原観光ホテル、商号使用者小平千代元なる商号と、昭和二九年一〇月一三日に登記せられた商号塩原観光ホテルもみじや旅館、商号使用者浅川弘なる商号と、二つの商号が登記せられている。

(二)、被控訴会社は東京都内で設立登記をし、昭和三〇年五月八日本店を肩書地に移転したものであるが、若しその商号が株式会社の商業登記簿に登載されたことで商法第二〇条の効力を有するものとすれば、(一)記載のような同一若くは類似の商号が既に登記せられているのであるから、商法第一九条により被控訴会社の商号登記は許されないものである。

故にたとえ登記官吏が誤つてこれを受理しても、法律上許されない商号を登記したものであるから、第三者に対しその事実を主張することはできないものであり、従つてその商号が登記せられていることを前提として、控訴人に対し商号使用の禁止を求めることはできないものである」。

(被控訴代理人の主張)

「(一)、塩原町において控訴人主張のような商号が控訴人主張の日に登記せられていることは認める。

(二)、しかし小平千代元が登記した商号は本件仮処分申請当時既に消滅しているので比較の対象にはならないし、浅川弘名義の商号も、(イ)右商号は浅川弘が被控訴人に代つて登記したものであるから、被控訴人から見れば他人の商号ではなく、従つて被控訴人の商号は右商号との関係において商法第一九条の適用を受けるものではないのであり、(ロ)仮に名義人が違つているのでこれを異る商号と見るとしても、控訴人から既に消滅している小平千代元の商号を楯にしてとやかく主張せらるべき筋合ではないのであり、(ハ)また浅川名義の右商号は登記の時から二年を経過した今日に至るまで、その商号を以て旅館業を経営したことがないから、右商号また今日においては消滅しているもので、現在においては比較の対象にはならないものである」。

疏明として、被控訴代理人は甲第一ないし第三号証、第四号証の一ないし四、第五ないし第九号証を提出し、原審における証人上野鉄次の証言及び被控訴会社代表者須賀義一の供述を援用し、乙第一、二号証の成立を認めると述べ、控訴代理人は乙第一、二号証を提出し、甲第五、六号証は不知、その余の甲号各証は成立を認めると述べた。

理由

被控訴人株式会社塩原観光ホテルが昭和三〇年五月八日にその本店を栃木県塩谷郡塩原町大字下塩原三二三番地に移転し、その頃その登記を経由し、右本店所在地で右商号を以て旅館業を開始したところ、控訴人有限会社米屋旅館は同年九月になつて、その肩書地において経営する旅館の正面玄関及びその他に「塩原観光ホテル米屋」なるネオン塔を掲げて従来からの営業を継続するに至つたこと、並に「塩原観光ホテル」なる商号は既に昭和二三年五月一日に控訴会社の代表者である小平千代元がその個人名義で商号登記をしていたものであることは当事者間に争いのないところであり、小平千代元が右商号登記の後、前記の控訴会社経営旅館の正面玄関等にネオン塔を掲げて右商号を使用した昭和三〇年九月に至るまでは全然右商号を使用した事実のなかつたことは控訴人の明かに争わないところである。

被控訴人は右事実関係の上に立つて控訴人に対し「塩原観光ホテル米屋」なる商号の使用禁止の仮処分を求めるものであるが、仮処分の必要に関する論議はこれを後にし、まず右事実関係から被控訴人に控訴人に対する右商号の使用禁止を求める権利があるかどうかについて検討する。

(一)、まず控訴人は、商法第二〇条にいう「商号ノ登記ヲ為シタル者」とは非訟事件手続法第一五八条、第一六〇条の規定によつて商号登記の申請をし、商号登記簿に記入せられた者をいうのであつて、被控訴会社のようにただ株式会社としての登記をしただけでは、右にいう商号登記をした者ということはできないと主張する。しかし会社の場合にはその設立登記には必ずその商号を登記することを要するのであり(商法第六四条、第六三条第二号、第一四七条、第一八八条第二項、第一六六条第一項第二号)、しかも会社の商号は商号登記簿に登記することを要しないとせられている(商業登記規則第四二条)のであるから、会社の設立登記は当然に商号の登記を包含しているものであり、従つて会社の設立登記がせられている限り商法第二〇条にいう商号の登記があるものと解するを相当とするので、控訴人の右主張はこれを採用することはできない。

(二)、しかし右の通り会社の設立登記が商号の登記を包含すると解する以上、会社の設立登記も、商法第一九条、非訟事件手続法第一五八条の規定に従つて、その会社の商号が同一市町村内において同一の営業のために他人が登記した商号と判然区別し得る場合でなければその登記ができないものと解するのが相当であろう。(非訟事件手続法第一六〇条にいう営業の種類の記載は、会社の場合にあつては、その目的が常にその設立登記の登記事項とせられているのであるから、同条の要件は会社の場合には常に充されていると解して差支えがないであろう)。

そして本件の場合にあつては被控訴会社が塩原町にその本店を移転する登記をする以前において、既に同町内において控訴会社の代表者小平千代元がその個人名義を以て「塩原観光ホテル」なる商号の登記をしていたこと前記の通りであるから、これを形式的に見れば、被控訴会社の右本店移転登記は、同一市町村内に旅館営業なる同一営業のために、被控訴会社の商号と判然区別できない他人の商号が既に登記せられているのであるから、右登記はこれを許されない無効の登記なるかの感がないでもない。

しかし右小平千代元の個人名義の商号「塩原観光ホテル」が、その登記の日である昭和二三年五月一日から昭和三〇年九月頃に至るまで全然使用せられなかつたことは前記の通りであつて、その不使用が格別正当の事由があつてのことでないことは本件口頭弁論の全趣旨からこれを窺うに足るのであるから、右小平千代元の商号は被控訴会社の前記本店移転登記の当時においては、商法第三〇条の規定によつて既に廃止せられたものとみなすべきものであり、その登記は抹消せらるべきもので実質上効力のないものと認むべきである。そうすれば被控訴会社の前記本店移転登記は、登記官吏においてその申請を一応却下すべきものであるか否かはともかくとして、既にその登記がせられた以上、これを有効なものと解するのを相当とするのであるからこの点に関する控訴人の主張もまたこれを採用することはできない。

(三)、なお控訴人は、被控訴会社の右本店移転登記の当時において、右小平千代元の商号の外、塩原町内においては浅川弘名義の「塩原観光ホテルもみじや旅館」なる商号も登記せられており、右登記との関係においても被控訴会社の登記は許されないと主張する。そして右商号登記の存することは被控訴人もこれを認めるところであるが、右浅川弘名義の商号は、名義は浅川弘のものとせられているが、実質的には被控訴会社の設立以前においては、その設立後の代表者須賀義一のものであり、被控訴会社設立後は被控訴会社のものであつて、これを他人の商号というべきものであるか否か相当疑わしいだけでなく、少くとも右名義人浅川弘においてその商号登記の日である昭和二九年一〇月一三日から二年以上、正当の事由もなく、これを使用しなかつたものであること、成立に争いのない甲第八号証、原審証人上野鉄次の証言及び本件口頭弁論の全趣旨を通じてこれを窺うに足るのであるから、被控訴会社の右本店移転登記は、浅川弘名義の商号登記の関係から見ても、当初からこれを有効なものと見るか、少くとも浅川弘が右商号の不使用によつてこれを廃止したものとみなされる今日においてはこれを有効なものと解するのが相当であるから右控訴人の主張またこれを排斥するの外はない。

(四)、そうすれば被控訴会社は商法第二〇条の意味においても「株式会社塩原観光ホテル」なる商号の登記を為したる者であつて、不正競争の目的を以て右商号と同一または類似の商号を使用する者に対し、その使用を止むべきことを請求し得べきこと右商法の規定に徴し明かであつて、控訴会社において被控訴会社の前記本店移転の後、同一町内である塩原町内において、その経営する旅館の正面玄関その他に「塩原観光ホテル米屋」なるネオン塔を掲げてその営業をするに至つたこと前記の通りである以上、控訴会社は不正競争の目的を以て被控訴会社の商号を使用するものと推定せられるのであるから、被控訴会社に対してその使用を止むべき義務があること明かである。

以上の理由によつて被控訴人は控訴人に対し「塩原観光ホテル米屋」なる商号の使用禁止を求め得るものと解すべきであるが、被控訴人がその塩原観光ホテルなる商号につき相当の宣伝をして、その業績漸くその緒につかんとするに際し、今にわかに控訴人の商号不正使用なる妨害に会つて相当の損害を蒙つただけでなく、将来においても益々その損害を蒙るおそれのあることは、原審証人上野鉄次の証言及び被控訴会社代表者須賀義一の原審供述によつてこれを疏明するに足るのであるから、その著しき損害を避けんとしてした本件仮処分の申請は相当であつて、これを認容した原判決は相当である。

そこでただ原判決の別紙目録に「株式会社塩原観光ホテル」とあるのはこれを誤記と認めて「塩原観光ホテル米屋」と訂正し、本件控訴を棄却すべきものとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九五条を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 薄根正男 奥野利一 山下朝一)

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